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プリンスとワーナーと、NONA REEVES20周年。
  • プリンスが亡くなって、4月で一年。キャリアが長いアーティストですから、若い世代ではもしかすると「訃報で彼の存在を知った」という人もいるかもしれません。 プリンスは、歌はもちろん、ギター、ベース、ドラム、鍵盤など主要楽器すべてを世界的にトップ・レベルで演奏出来た「天才」ミュージシャンです。作詞・作曲家、プロデューサーとしても圧倒的な才能で、自らスーパースターとなるだけではなく、女性アーティストを中心に数多くの楽曲提供を成功させヒット曲を放ちました。 早熟な彼は「第二のスティーヴィー・ワンダー」などと評価され、19歳でワーナー・ミュージックとセルフ・プロデュース権も保障された大型契約を交わしてデビュー。プリンスは、恐ろしいほどの多作家、ハードワーカーとしても知られています。自宅兼スタジオ、なんとライヴハウスも兼ね備えた地元ミネアポリス近郊の「ペイズリー・パーク」を拠点に、57歳で亡くなる直前まで一度も休みなくライヴと制作を繰り返しました。妄信的なファンすら追いつけないほどにエネルギッシュ。僕にとってもっとも「死」のイメージから遠い存在、それがプリンスだったんです。

  • 僕らNONA REEVESが、ワーナーと契約してメジャー・デビューしたのは1997年。ちょうど20年前。プリンスがいたレーベルだ、というのが契約の決め手でした。今回リリースしたベスト盤を聴くと、ところどころでプリンスの影響を自分なりに咀嚼した歴史が詰まっているなと感じますね。 西寺郷太 (NONA REEVES)

  • 1) プリンスが拠点にしたミネソタ州シャンハッセンの「ペイズリー・パーク」。彼亡き後すぐに僕は現地に追悼の旅に出た。世界的な成功を手にした80年代中盤以降、この場所でライヴやレコーディングをプリンスは繰り返し、沢山の作品を生み出した。白く四角い建物が自宅に隣接したライヴハウス。

  • 2) プリンスが手がけたバンド「ザ・ファミリー」のオリジナル・メンバー、エリック・リーズ(後にプリンス・バンドのサキソフォン奏者として加入)、セントポール・ピーターソンとともに。ミネアポリスのスタジオにて。著作『プリンス論』と、NONA REEVESのアルバムを手渡した。この時の出会いが、僕が当時所属したビルボードでの彼らの来日公演実現に間接的に繋がる。2016年5月。

  • 3) プリンスの通ったグランド・セントラル高校跡地は、現在地元市民のための公共施設として使われていた。ジャネット・ジャクソンとタッグを組んだ名プロデューサー、ジャム&ルイスや、映画『パープル・レイン』でプリンスのライバル役を見事演じたザ・タイムのモーリス・デイもこの高校出身。プリンスを中心に、この地出身の天才アーティストたちが生み出した「ミネアポリス・ファンク」は、今、ブルーノ・マーズやマーク・ロンソンらによって再評価され、現在のダンス・ミュージックにも多大な影響を残す。

  • 撮影:TUNA

# アーティスト

2017.03.14 | 1072 Read

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